商人伝道師一日一言

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商人伝道師“水元 仁志”オフィシャルBLOG

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恩師・・・

小生は九州・宮崎の ド田舎の生まれ。
どちらかというと、昔は薩摩藩だったので完璧な「薩摩隼人」である。

高校時代、小生はその後の人生に大きな影響を与えていただいた
2人の素晴らしい恩師との出会いがあった。

小生は、宮崎県立小林高校という高校を卒業している。
40歳代以上でスポーツが好きな方であれば
「あの駅伝の名門校ですか!」
と言われる高校である。

小生、その名門部の一員であった。
高校1年の時、全国制覇を経験している。
全国制覇7回目の優勝であった。

その時の3年生で「花の1区」を走ったのがあの「こけちゃいました~」(^^)
で有名な谷口浩美選手である。

その時からとにかく格好良かった・・・。
憧れであった・・・。

その陸上競技部に2人の先生がおられた。
小生の恩師、外山方圀先生と河野敬二先生である。

外山先生は長距離担当。
河野先生は短距離担当。
外山先生は駅伝の名監督。

河野先生は100M10秒2、200M21秒2で走る当時日本屈指のスプリンター。
モスクワオリンピック候補選手。

こんな2人の下で指導を受けたのだから・・・お分かりでしょう?
「スパルタ教育」・・・。

今だったら、絶対に訴えられるんじゃないの?というくらいすごかった。
でも、ド田舎の子どもを“日本一”にするには
これぐらいしないとダメだったのだと、今の小生の立場なら分かる。

実はこの2人の恩師に大学卒業後、プライベートで2回だけ会いに行ったことがある。

1回目は実家の倒産時。
その時、2人の恩師に居酒屋へ誘っていただき、
小生に黙ってビールをついでくれた。

数分たった頃だろうか?
「水元な~、
こんな田舎から3人の子どもを大学まで出すということは、
大変な苦労があるんだよ。

それをやった親父を恨むなよ。
今、親父は一番つらいと思う。
救えるのは子どもしかいない。

いいか~、俺たちはおまえが苦しい時、辛い時には
何があっても駆けつけるし、相談にも乗る。
俺たちのかけがえのない教え子だから・・・。

だから親父を恨むな!
お前の親父は陸上競技部最高の父母会会長だったんだから・・・。
感謝しろ。
俺たち2人からのお願いでもある。支えてあげてくれ。」
と・・・。

涙がボロボロこぼれて落ちてきて、号泣した。
そして、ふと前を見ると2人の恩師も泣いておられた。

これで、借金を全て背負おうと決心がついた。
今でも感謝している。

2回目は借金も全額返済し、気持ちが揺れ動いていた昨年8月・お盆の頃であった。
本当に15年振りくらいにお会いしたので、
随分「おじいちゃん」・「おじさん」になられていた。(すみません・・・!)

そのときに当時の陸上競技部員を集めてこのように言われた。

「君たちは今まで社会から育ててもらい、お給料までもらっていた。
42歳の厄年を迎えるということは、これからは“やくだつ”という意味もあるんだよ。
「厄を断つ」、とは”役立つ”ということ。

これからは育てていただいた社会・会社の為に「お役立ち」しなさい。
その気持ちが大切だと思う。」


心に響いた・・・。

それから間もなくして、クリエイトリンク株式会社を設立する。
「商人(あきんど)ねっと」を立ち上げる為に・・・。

そして、資金調達の為に個人資産(自宅など)を全て売却・解約し事業資金にする
小生が育てていただいた“流通業界にお役立ち”したい為に・・・。

今でも変わらないこの気持ち。
もうすぐ設立して1年が経つ。

この2人の恩師がいなかったら・・・。
多分、小生、この世には今いなかったかも・・・。
と今でも思う。

最高のメンターである。

今日はリスパックさんのセミナー、仙台にて。


私の人生は駅伝の為にあったのではない。
子ども達の成長と夢の実現の為に、全ての人生を捧げることを誓ったのである。
子ども達が私に夢を与えてくれた。
感謝している。
(外山方圀先生談)



陸上は人生そのもの。
練習はウソをつかない。
練習の量だけ結果が出る。
(河野敬二先生)



by akindonet | 2006-09-28 11:58 | Comments(0)