商人伝道師一日一言

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商人伝道師“水元 仁志”オフィシャルBLOG

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「心のオアシス」


第20回やる気と感動の祭典 発表者決定!


「第20回やる気と感動の祭典 発表者発表」は
4部構成に分かれています。
「第20回やる気と感動の祭典 発表者発表 その1」へ
「第20回やる気と感動の祭典 発表者発表 その2」へ
「第20回やる気と感動の祭典 発表者発表 その3」へ
「第20回やる気と感動の祭典 発表者発表 その4」へ



セミナー参加申込みに関する詳細は「やる気と感動の祭典20」 公式ページへ



やる感ボランティア募集のお知らせ

やる気と感動の祭典の運営は
ボランティアの皆様に支えられています!

700人を超える参加者を取りまとめ、より良い学びを
お持ち帰り頂く為、毎日のように
ボランティアグループで連絡を取り合う。

決して楽な仕事ではありませんが、ボランティアを
やり遂げた後には「大きな学び」があります。

人間力を高めたい!
やり甲斐のある仕事を成し遂げたい!

という方は是非ご参加下さい。

応募はこちらから

締切:9/20(火)





今日は朝5時起床。
Blogを書いて…
サクラとジョギングして…
身支度して東京・豊洲へ…
朝8時から「売り場クリニック」の撮影。
今日は「精肉部門」
因みにこんな感じです。

「青果部門」



「鮮魚部門」


こんな番組が全部門あります。
良かったら視聴してみてください。

本編の視聴はコチラから



さて、今週は「第16回気づきと驚きのアメリカ視察セミナー」出発です。
台風が近づいているので、ちょっと心配していますが…
無事出発できることを祈っています。
また、今回は午前便です。
西日本の方々は台風の影響が出ると思いますが・・・
何とか成田まで来てくださいね。
お待ちしております。

そして、今日は日曜日。
「心のオアシス」の日。

今日は

「試練は乗り越えられる人にしかやってこない」

浜本京子
(堂本食品株式会社総合推進室室長)

私が出産を機に、
五年ほど勤めた銀行を退職したのは
昭和四十八年、二十三歳の時でした。

しかし、家のローンの支払いなどもあって、
私は恵まれていた銀行員時代とは
変わって内職をしたり、
ダスキンで家庭用清掃用品の
販売をしたりと、生活費を稼ぐのに
汲々する日々を送ることになったのです。

そんなある日のこと、
バイクでのいつもの道すがら、
ふと“堂本食品”と書かれた
電柱看板が目に入ったのです。

同窓名簿を見るとその中に
会社名があったことと、
家からも子供の学校からも
位置が近いことが分かりました。

私は「働くならここだ!」と
直感するものがあり、
すぐに履歴書を持って
飛び込み訪問をしたのです。

しかし、その時は

「紹介もなしに来たの?
 度胸あるね。
 でも募集はしてないから」

とあっさりと断られてしまいます。

ところが、半年ほど経ってから、
「面接に来ませんか」と
お電話をいただいたのでした。

面接に伺ってみると、
さらなる事業展開のために
開発部企画室というソフト部門が
新設されたので適任者を
探していたところ、

「以前、面白い人が
 履歴書を持ってきた」

と、私のことを
思い出してくださったというのです。

ただ、適性がなければ
継続雇用は難しい部署だと言われ、
パート社員からのスタート。

しかも、新設された部署とあって
役割が明確に決められている
わけでもなく、上司の方も
大阪営業所所長を兼務しており、
企画室は事実上、私一人の状況でした。

とりあえず、マーケティングの本などを
読むよう指示を受けての
スタートだったのですが、
周囲からの視線は冷ややかなものを
感じていました。

そんな中、
「ここでは自ら仕事を
 見つけなければだめだ」
と、自分にできることを探しながら、
社内に溶け込む努力を続けました。

仕事面では上司からの指示を
こなすうちに自然と社内間の中継ぎ役を
担うようになっていました。
そうして、入社から半年後に
正社員になることができたのです。


そんな私の転機となったのは入社三年目。

新しい企画室の担当常務から、
商品のパッケージデザインの制作・管理を
一任していただいたのです。

とはいえ、私にはデザイナーとしての
知識も経験もありません。
そこで、デザイン講習会などに参加し、
この人はと思った講師の方に協力を仰ぎ、
二人三脚でパッケージづくりに
取り組んでいったのです。

その甲斐があって、いくつかの商品では
デザイン賞もいただきました。

しかし、目に見えにくい仕事の
特性もあって、依然として
「企画室は何をしているのか
 分からない」という声は根強く、
悶々とした思いに加え、
二人の子供を連れ離婚するなど、
私生活でも大きな窮地に立たされました。

このままでは子供を養えないと悩んだ末、
一層仕事に打ち込んで役職者になろうと
強く決意をし、猛烈に働きました。

また、かつて勤めていたダスキンには、
自分を二の次にして、
汗や知恵を周りにさし出せば、
必ずそれに見合うだけの報酬が
きちんと与えられるという

「さし出すのが先」

という教えがあり、その考え方も
大いに陰の支えになりました。

平成五年に開発部企画室主任になると、
部下を持たせてもらったのですが、
その女性が非常に優秀で、
以後彼女と様々な仕事に
取り組んでいくことになりました。
しかし、彼女も企画室の仕事が社内で理解されていない
と感じたようで、時々仕事の後で私の元に来て、
涙ながらに悔しさを訴えていました。
ただ、そんな彼女が一度だけ嬉し泣きをしたことがありました。
それはある大手居酒屋チェーンの現場で私が実際に
働きながら商品開発の可能性を探っていた時のことでした。
結果として新しい切り口のお通しメニュー企画を立案。
提案資料を二人で夜遅くまで作成し、
プレゼンの日には70種類のメニューを提案しました。
すると、担当の方が、「短い期間でよくやりましたね、
感動した」と涙ぐんでくださったのです。
その日、私たちはお礼の食事をお店でご馳走になり、
改めて仕事ぶりを褒められた彼女は嬉しさで
大泣きをし、私も胸がいっぱいになりました。
その後、そのお通しメニュー商品は広島地区だけでなく
全国展開が決まり、表立った成果に二人で喜び合いました。
苦楽を分かち合える部下もでき、いよいよこれからだという時、
再び私に試練が訪れます。
右腕だった彼女が交通事故で突然この世を去ったのです。
なぜ次々と辛いことが襲ってくるのだろう。
その苦しみの中で、私に一歩踏み出す力を与えてくれたのは、
ある一冊の本の一文にあった「試練は乗り越えられる人にしか
やってこない」という言葉でした。「そうだ、自分は神様から
“お試し”の時間をいただいているのだ」と気づき、
苦しい現実から逃げずにひたすら真正面から向き合っていきました。
その後も日本初のむき甘栗のお菓子の開発に携わることができ、
ヒットの成果等も重なり、平成13年に取締役企画室長として
当社で女性初の管理職になりました。定年後も契約社員として
開発営業推進室を新たに立ち上げ、開発部隊と営業部の
架け橋となる仕事に取組み、いまに至っています。
ごくごく普通の主婦からのスタートでしたが、幾多の試練を
いただいたことで逃げずに強く生きることを覚えました。
仕事での学びは大きく、今では心から仕事があってよかったと
感謝の念がこみ上げてきます。
これからも仕事を介して人様のお役に立てることで生涯現役の
仕事人生を全う出来たら幸せだと思っています。



いかがだったでしょうか。

「第20回記念大会」
発表者の「第一次提出」が19日(月)
ちょっと「第一次提出」が早いかなーと思ったのですが…
まあ、「ストーリー」を確認するための提出なので…
本当にこの「やる気と感動の祭典」。
発表まで発表者は徹底的に商人伝道師と“向き合い”ます。
「第20回記念大会」なので…
いつもよりもっと、向き合おうと思っています。

期待しておいてください。
凄い発表にしますから…

「参加者の数と成功は比例する」
といいます。

一人でも多くの社員様と一緒に参加してくださいね。
じっくり選考してからでよろしいですので…

そして「今日の一言」
私たちが、
私たちの行動を決めているけれど、
それと同じように、
私たちの行動も、
私たちを決めているんだよ。
(ジョージ・エリオット)

by akindonet | 2016-09-18 18:00 | Comments(0)